秋の心は愁いなり

台風一過の晴天、秋晴れも度を過ぎて30℃超えの暑さに。

そんな日でも夕暮れ時には秋の風が吹いて、

今年もあと3ヶ月、10月になったんだんだなあと感じる。

帰り道、秋はなんとなくもの寂しく、誰かと飲みたくなるなぁ、、、

なんて危うくまた散財に心が傾いたりなんかして。

 

なぜ、秋は寂しいのか。

 

太陽が照りつけ、生命が燃え盛る(今年は燃えすぎたけど)、

そんな活力に満ちた夏が終わり

 

風がふきすさび、草も木も生き物もじっと息をひそめる、

そんな静かな冬に向かっていく

 

その動から静に向かっていく中途にあるから、秋はもの寂しく感じるのであろう。

静かな冬そのものよりも、そこへむかっていく秋の方が寂しいのだ。

 

秋の心と書いて哀愁の「愁」、訓読みは「うれえる」

寂しい冬、静の冬へむかう寂しさ、不安

そんな心情をそのまんま文字に充てて「愁」

なんだかもう文字見ただけで寂しくなってる。

 

地球の気候も変わってきていて、

秋や春といった、変化の間にある季節が感じられにくくなってきているけど、

変化の中途にこそ、興趣がある。

秋も春も短くなっていくかもしれないけど、

その興趣を大切に楽しんでいきたいものだ。